橘玲 著の「もっと言ってはいけない」の感想

最近、Kindle本を購入して、本を読む機会が増えました。紙の本だと、買いに行くのが面倒だったり、旅先へ本を持っていくとかさばるし重いしで、本を読む習慣が途切れ途切れになりがちだったんです。それに、読み終わった本を本棚に置いていると、どんどん部屋が狭くなってしまいます。でも、もう一度読む機会はほとんどないです。ブックオフに売りに行ったら、ほとんどタダみたいな値段しかつきません。しばらくしてまた少しだけ読んでみたいと思ったときにはあとの祭りですし、ひどいときは、間違って同じ本をまだ買ってしまって、あれ?この本、前に読んだことあるぞ!って、なることもしばしばです。

kindle版で本をダウンロードするようになり、そういった問題がすべて解消しました。

アマゾンありがとう。

知能と遺伝についてのタブーが書かれている。

橘玲さんが著書の「言ってはいけない」というタイトルの前作も過去に読んでみましたが、大変面白かったです。

大ざっぱに本の内容を説明しますと、子供の知能や才能、性格などは、親からの遺伝でおよそ決まってしまうという内容のことが、さまざまな科学的データに基づいて述べられています。

顔や背丈が親に似ることは親から遺伝子を受け継いでいるので誰もが受け入れる事実で、公衆の面前で発言しても非難されることはありません。

親が高学歴で、子どもがやはりよく勉強ができて、入学試験の競争の激しい学校に合格したら、親が頭良いから子どもさんも頭が良いんだね。というのもみなさん納得です。

ただ、「親の頭が悪いから子供も勉強ができない」の発言はかなり微妙です。

「親が犯罪者だから子供に遺伝して子供も犯罪者になった」とかはかなり危ない発言になります。

もっと、踏み込んで、遺伝子の差異によって人種間の体格や肌の色が異なるように、知能指数も人種で異なるというと、政治家だったら、辞めさせられると思います。

実際、DNAの2重らせん構造を発見し、ノーベル医学生理学賞を受賞したジェームス・ワトソン博士は、「アメリカの黒人の知能が元々低いので、白人と同じ教育をしても同じ効果が得られない」という発言をしたために、ノーベル賞受賞者なのに社会的に抹殺されました。

黒人うんぬんというのは、私は経験がないのでなんとも言えませんが、明らかに、同じ日本人でも同じ教育で同じ効果が得られない、要するに、生まれつきのIQの違いのために、教育って一体なんなんだろう?と思うような経験は私もありますし、みなさんもそういう経験があるのではないかと思います。

私は、大学生のころに、高校生の家庭教師をなんにんも受け持ったことがあります。

同じように教えているつもりなのに、明らかに効果に差が見られるという経験をしました。家庭教師を担当して、最も良い効果が得られた高校生は、大阪府立のいわゆる進学校と呼ばれる高校に通学している学生さんでした。たぶん、地頭が良いが、公立の学校の授業カリキュラムが受験に沿った内容ではないので、受験に沿った勉強法を教えたら、大きく成績がアップする伸びしろが大きかったのではないかと思います。

中高一貫校の私学に行っている生徒は、あまり効果が出ません。たぶん学校ですでにみっちり受験に沿った勉強を受けているのに、さらに家庭教師を雇わないといけないような地頭というのは、伸びしろの余地が少ないと言うことなのでしょう。

教育でなんとかなるんだったら、進学校や有名国立大学は、入試を廃止すべきです。入試で成績がよい子を入学させるということは、IQの高い子をピックアップしているということです。教育者も教育が万能であるとは思っておらず、生まれつきの才能を肯定していると言わざるを得ません。

日本人の性格は家畜化された

続編の「もっと言ってはいけない」もそんな内容がいろいろ科学的データに基づいて述べられているのですが、中にはかなり論理の飛躍がある部分もあります。

その本の中で、日本人の性格がなぜ大人しい性格なのか、という話がちょっと株式投資と関連あるのかな、と思ったので触れさせていただきます。

私の経験として、アメリカに行って、白人に日本人の性格を聞くと、「礼儀正しい」とか「シャイだ」というコメントが多いです。橘さんの理論によると、日本は、牧畜や小麦生産の農業ではなく、高カロリーの米生産農業だったので、人口密度が高くなりました。大勢が暮らす共同体では、共同体での秩序が重んじられるので、そういう温厚で礼儀正しい性格の遺伝子が生きていく上で有利になるヒトの交配が進み、はみ出た性格になる遺伝子が淘汰されて大人しい性格の個体ばかり、つまり「家畜化」された人間になってしまったということらしいです。

たしかに、そう考えると、我々はハミ出た異端児になる遺伝子を失ってしまっているのかもしれません。

日本国内でも、本州よりも九州の人は、大人しくて礼儀正しい人が多いです。もっと小さな島に行ったらもっと日本人らしい性格の人が多いのかもしれません。たぶん、狭い共同体で交配が進んだので、家畜化が進んだと考えられます。そう言われると、中国人も大陸に中国人よりも台湾の中国人のほうが日本人っぽいです。

橘さんの本には述べられていませんが、私の経験として、日本人は英会話が苦手です。しかし、日本人は、英語の文章問題はすごく強いです。たぶん、IQが高いからなのだと思うのですが、アメリカ人の英語の先生にびっくりされます。でも、そのアメリカ人の先生が日本人の生徒を褒めている言葉は何言っているのか日本人は全然聞き取れません。

ヨーロッパの小国の国民は外国語を何カ国語もしゃべれるヒトが結構います。おそらく、異国の人と会話をしなければビジネスにならないので、外国語会話力の遺伝子がすぐれているのでしょう。日本人は島国で日本人同士としゃべっていたので、外国語会話力遺伝子を失ってしまったのでしょう。

日本にディスカッション形式の授業はうまくいかない

日本の教育では、受験勉強に特化した授業が、親からのウケが良いですし、生徒もそれを望んでいます。アメリカの学校を見習って、ディスカッションする授業や、プレゼンする授業、個性を伸ばすようなカリキュラムを奨励する動きがありますが、ほとんどの日本人にはそういった教育は効果が出ないと私は思います。そういう遺伝子を我々は失ってしまっているからです。

もちろん、すべての日本人がそうだということではなくて、生まれつきアメリカ人の指導者のような性格を持った個性的な日本人の子供もいると思います。今の日本の教育に大事なことはそういう変な子をピックアップして才能を開花させるシステムだと思います。

日本の会社はアメリカ式株式会社を目指すべきでない

アメリカのような高ROEの株式会社を日本の会社が目指しても、アメリカの巨大多国籍企業には勝てないです。日本企業の社長は、村社会のほかの社員と大して変わらない遺伝子を持った日本人社長です。アメリカ企業のような株主中心の会社になってしまったら、株主に還元するために、同胞の日本人をバサバサ給与カットしたり退職させたりしなければなりません。家畜化された日本人社長の遺伝子では、そんな鬼なことは性格的にできないでしょうし、そんな殺伐とした日本社会が良いとは私には思えません。ほとんどの日本人は社畜として飼い慣らされたがっていますし、学校でも社会の歯車になるような教育がおこなわれ続けました。我々の遺伝子にとって心地良い教育や会社が構築されていて、そういった会社で日本人はポテンシャルを最大限に発揮することができます。日本の会社は、株主への還元よりも、日本人の社員や日本人へのサービスを優先すべきです。