南蛮文化館 トルデシリャス条約は米国株投資の原点

美術品には興味のない人間ですが、歴史にはとても興味のある人間です。本日、ご紹介する南蛮文化館は、大阪市阪急電車中津駅の国道171号線を挟んで南側にある小さな美術館です。171号線の南側の歩道に面したビルの1階にあるのは、南蛮文化館の貸しギャラリーで、美術館のほうは、貸しギャラリーのビルの道を挟んで南側の建物です。

小さな私設美術館

入り口に、二宮尊徳の像があります。昔は小学校の中庭とかにいましたよ。

さらに入り口は、こんな感じです。

残念ながら、中は撮影禁止の美術館です。

ご自身の目で、ご覧頂くしかありません。

さらに残念なことに、5月11月しか公開されていません。

北村芳郎というかたが、安土桃山時代から江戸時代初期に日本とポルトガルスペインとの交流によって影響を受けた南蛮美術品の収集をおこない、1968年に開館したそうです。

受付のかたが一人おられ、スーツケースを預かってもらえました。入館料は、500円です。

所蔵物がたくさんある。

あまり大きくない美術館ですが、大変歴史価値のある所蔵物がたくさんあります。入場しているお客さんは、ご年輩のかたばかりでした。

高山右近の書状やマグダラのマリア画像、イエズス会紋章入り聖餅箱、朝顔の釣鐘などいろいろありますが、世界旅行大好き米国株投資家の私としては、当時の地球儀や世界地図、南蛮人と日本人との交流を描いた南蛮屏風が大変興味深かったです。

戦国時代までは、日本人の世界観は、世界は、日本と中国とインド(天竺)だと思っていたようです。そのうち、インドの中でも東南アジアの地域を南蛮と言って、そこからやってくるヨーロッパ人を南蛮人と呼びました。

織田信長が絶頂期だった頃には、すでに、ヨーロッパは大航海時代に突入しており、コロンブスがアメリカ大陸を発見して、インドも東南アジア諸国にもポルトガル人スペイン人が勢力を拡大していました。

トルデシリャス条約による地球分割

1494年にスペインとポルトガルによって、トルデシリャス条約というとんでもない条約が結ばれました。両国がどんどん植民地を拡大していくので、もめないように、教皇アレクサンデル6世の承認で、西経46度37分よりも東側はポルトガル、西側はスペインに属することが定められました。だから、南米のほとんどの国は、スペイン領になり、ちょっと、かすっているブラジルがポルトガル領になりました。ユーラシア大陸のほとんどはポルトガルのものになりますね。

日本はちょうど地球の裏側なので、どっちのものなのか微妙です。とりあえず、ポルトガル人が種子島に流れ着いて、鉄砲が伝来されました。

トルデシリャス条約は米国株投資の原点かもしれない

とにかく、新しく見つけた領土は、キリスト教を布教して、領土にしちゃってよいという独善的な条約がトルデシリャス条約です。

日本人の考えでは、「八紘一宇」の精神で、人類みな兄弟なのですが、世界基準は、領土拡張覇権主義です。アメリカのネイティブアメリカン虐殺と西漸運動、ソビエトの共産主義革命と共産圏拡大、中華思想による領土拡張など、日本人からは理解できないような危険思想なのですが、それが世界の常識のようです。占領した地域の国民に選挙権を与えたり、会社が儲かったら社員にボーナスを支給したりする日本人思想はとても素晴らしいことだと思うのですが、占領した国の住民は奴隷にして、社員は奴隷のように低賃金で働かせて、マクドナルドのようなまずいハンバーガーを客に喰わせて、株主に貢ぐのが世界標準のようです。そうなると、株主になるのなら、やはり米国株になってしまいますね。働くなら、日本の会社の社員になるか、外資系の役員が良いです。

南蛮屏風がすごい!

話を南蛮文化館に戻しますが、世界地図と地球儀が大変面白いです。聡明な織田信長が地球儀を見せられて、日本列島の位置と地球が丸いことを南蛮人に解説されて、即座に理解したという逸話があります。当時の世界地図をみると、まだ南極は発見されていないです。ヨーロッパやアフリカ北部、南北アメリカ大陸の東海岸は、現在の地図とほぼ同じような正確な海岸線ですが、インドや東南アジア、日本などはガタガタです。

写真は、入館時にいただいたチラシを写真にとったものです。

かなり大きな黄金色の南蛮屏風があります。重要文化財に指定されています。

南蛮人がつれてきたゾウやラクダ、孔雀などが描かれています。おそらく、当時の日本人にとっては、たいへん珍しく、印象に残ったので描かれたのでしょう。一方、もっと興味深かったのは、南蛮人として、白人と黒人が描かれていることです。白人はなにも持たずに歩いていますが、黒人は、白人のために傘を差してあげたり、重い荷物を運ばされたりしています。当時から、すでに黒人は奴隷として使われて、日本にまで来ていたのでしょう。

写真は、入館時にいただいたチラシを写真にとったものです。

実際の屏風には、たくさんの黒人が描かれています。みんな奴隷にされています。当時の日本人にとっては、黒い肌の人間が奴隷にされているのが印象に残ったので、屏風に描かれたのだと思います。

一方、日本人のほうは、自分で傘を差しています。京都の二条城の中の風景も描かれていますが、奴隷のような人はいません。

日本人の夜の女性が、お店で手招きしている風景も描かれていました。

豊臣秀吉のときに、キリスト教が禁止され、徳川幕府によって、スペインポルトガルとの貿易が禁止されました。当時、九州の西海岸で、日本人が奴隷として南蛮人によって拉致られていることが問題になっていました。豊臣家、徳川家によるキリスト教禁止令、鎖国への流れは、スペインポルトガルによる人権侵害人種差別が根底にあったわけです。

南蛮文化館

大阪市北区中津6−2−18

開館時間 5月と11月のみ、月曜日休館で、午前10時から午後4時

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