平成はあと2日!昭和と平成の違い 生前退位ではなく譲位です!

10連休前にバタバタしていたら、いつの間にか、平成の時代も残すところあと2日弱になってしまいました。平成も30年以上続き、昭和をしらない人が社会で活躍する時代になっています。

退位ではなく譲位です

天皇陛下が譲位されると述べられ、新聞報道各紙は、「生前退位」と報じました。皇后陛下が「生前退位という言葉に大きな衝撃を受けました」と文書で述べられたとおり、「生前」という言葉はかなり不敬な言葉です。「生前の言葉」というと死んでから思い返すときに使いますし、「生前贈与」というのも死ぬことを前提にした言葉です。天皇陛下は公務が100%のコンディションで続けることが難しくなったので「譲位」されるのです。

「退位」という言葉もかなり失礼です。いまだにカレンダーには、「退位の日」と書かれていますが、「退位」という言葉は、どちらかというと「責任取って辞めます」みたいな言葉です。

昭和天皇が戦後「退位」されるかもしれないという話がありました。今回の場合は、譲って皇太子殿下が継承されるので、「譲位」です。

昭和から平成への1日はすごく重みがあった

もう昭和から平成に元号の変わったときのことを知らない人も増えてきていると思います。昭和天皇はずっと癌のため入院されていました。当時は、癌は不治の病だったので、本人に癌であることを告知する習慣がなく、国民にも昭和天皇の病名が癌であることは知らされていませんでした。でもたぶんみなさん薄々知っていたと思います。

昭和64年1月7日朝テレビをつけると、重苦しい空気が流れている皇居の映像が全テレビ局で生放送されており、昭和天皇が崩御されたことにすぐ気づきました。即日、今上天皇が即位され、三種の神器が継承されました。その夕方には「平成」が新しい元号になったという報道があり、夜中0時の時報の後、「平成」に時代が変わったことがテレビで放送されました。

とにかく、重苦しく悲しい空気の中、ばたばたと色んな出来事が起こって、あっという間に新しい時代がやってきたという印象でした。

今回の「平成」から「令和」への移行とはずいぶん違うというか、当時はすごく日本の伝統や歴史の重みのようなものを感じさせられました。

昭和を一言であらわすと「激動の昭和」だった

そもそも昭和という時代を振り返ってみて、一言で表すなら、「激動の昭和」だったとおもいます。昭和が終わる日に、テレビで年輩のキャスターが激動の昭和という言葉を繰り返し言っていました。当時の私はまだ若かったのであまり気にしていませんでしたが、平成が30年以上過ぎ、平成と比べてみるとやはり昭和は激動の時代だったとつくづく思います。

スクラップアンドビルト

病弱な大正天皇が崩御され、昭和天皇が25才の若さで即位されました。植民地政策の中、アジアの中で唯一、日本だけが欧米列強と肩を並べ、覇権国家アメリカとの対立や欧米列強からのアジア解放のために、大東亜戦争の開戦を決意しました。大戦中は、世界史史上13番目に大きな勢力領域まで大日本帝国は拡大しましたが、その後、戦局は悪化していき、志半ばで敗戦を受け入れ、日本の歴史上初めての外国から支配という大きな国難を経験しました。

その後の戦後復興から、世界2位の経済大国まで発展を遂げたという本当にスクラップアンドビルトの激動の時代でした。

平成は現状維持で縮小傾向の時代だった

昭和天皇の在位期間が長かったこともあり、今上天皇の即位は壮年期になってからでした。日本の社会も、昭和のスクラップアンドビルトが一段落して、組織が完成したことや、少子高齢化の影響もあって、平成の時代は、良い意味では穏やかで秩序だった時代ではありましたが、悪い意味では現状維持を打破できない硬直した縮小傾向の時代だったと言えます。

平成を一言で表すと、「現状維持」でしょうね。

「令和」は破壊の時代になってほしい

令和という新しい時代はどうなるのでしょうか?このまま平成のように現状維持でジリ貧になっていく時代なのかもしれません。このままでは、私はあまり良い未来では無いと思っています。

希望としては、一気に崩壊してスクラップアンドビルトが進み、激動の昭和のような時代を期待しています。痛みは伴うとは思いますけどね。